「人生からログアウトしたい気持ち」との自分なりの付き合い方。

主治医に「うつかも〜!」といったら「君はうつ病じゃないよ!」と即答され、「抗うつ剤くれお!」っていったら「『活動的』になりすぎる事で社会的な信用を失うような事も〜(略)」なんてアッサリ却下されたりする自分なので、それが「希死念慮」というものなのかどうかさえ判断できてないのだけれど。
特に理由もなく「『頭パーン』して人生ログアウトできたらどんなに楽だろうなー…」と思う事が結構ある。(「特に理由が無い」とかいいつつ、「理由が全く無い」というわけでもなくて、「何か面倒くさい作業(事務作業とか)やってたり」「面倒な事を考えていたり」「実際には起こりえないような事を懸念して不安な状態にいたり」するときに「あれこれ考えるのが面倒な気持ち」から派生する事が多いかなー。)

とにかく「頭パーン」して「人生ログアウト」したい気持ちで一杯になる

実際には「手軽に『頭パーン』するための道具」は手元には無いので、代替手段をあれやこれやと考えだす。(結構具体的にイメージする事が多い。)
んで、頭の中がそれで一杯になるのだけれど、どの方法も確実にログアウト出来るとは言えないし、ログアウトに失敗してしまうと「現状よりも更に面倒くさい状態になる」のは間違いなくて。(仮にログアウトに成功したとしても両親には確実に迷惑かけてしまうし。)
そういう事をあれこれと考えてる内にそれを考える事自体が面倒くさくなって「ああ。人生からログアウトしたい。」とまた始まる。

実際には、自主的に人生からログアウトを試みた事は一度もないし、上述しているような理由で「実際に行動に移す事は無いだろう」という自信があるのだけれど、自らログアウトする事が無いからこそログアウト方法や、ログアウトそのものに思いを馳せて悶々としている時間が長引くのが問題で。
その間何も出来ずやらないといけない事が溜まって「人生の難易度」が更に上がってしまうので、早めに抜けだしておくに越したことはない。

どうやってループから抜け出しているか

一応、そういう時用の強めの安定剤を処方されているので、それを服用する。
第2段階として「とにかく大量の人が人生からBAN〜(略)」みたいな、命軽めな作品を視聴するようにしている。
理不尽にBANされる側に自身を重ねて満足するのか、何故か不思議と「人生ログアウトしたい気持ち」が落ち着いてくるので、第3段階として「頭を一切使わなくて良い感じの作品」をひたすらみて気持ちを切り替える。(ネトゲやってた時とかだと、ネトゲ内でひたすら善人面して気持ちを切り替える事も多かった。)
まぁ、「薬を飲もう!」だとか「落ち着こう」という考えに至る時点で「既に落ち着きかけている状態」であるとも言えるので、「落ち着くための行動を起こすのが先か、それとも〜」ってのはどちらとも言えないのだけれど。(実際、「ログアウトの事で頭が一杯な時」って「薬を飲もう」なんて余裕無いし。)

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